酵母はどこに棲んでいる?


 単細胞形態をとる真菌をまとめて酵母といいます。だけど、単に酵母という場合は、普通、パン酵母、酒酵母ビール酵母Saccharomyces cerevisiaeのことを示します。上の写真がS. cerevisiaeです。芽がでていることと、芽の痕がよくわかります。芽を出して増えることからS. cerevisiaeのことを出芽酵母ともいいます。因みに学名は属名(Saccharomyces)が「砂糖きのこ」、種形容語(cerevisiae)が「ビールの」を意味します。つまり、ビールの砂糖キノコということです。アルコール飲料やパンづくりに缺かせない酵母ですが、自然界ではどこに棲んでいるのでしょう?

 2007年に出版された酵母のすべて*1では、Saccharomyces酵母の分離場所として、土壌、昆虫、無脊椎動物、食品(特にS. cerevisiae)が挙げられています。酵母分類の基本書であるThe Yeastsの第四版(現行は五版)をみると、S. cerevisiaeの項*2にOrigin of the strains studiedとして分離菌株が列記され、同時にそれらの分離源も示されています。

vineyard soil (ワイン製造用のぶどう園土壌)、cavern soil (洞窟の土壌)、Drosophila (ショウジョウバエ)、ginger beer (ジンジャーエール)、brewery (醸造所)、beer (ビール)、wine (ワイン)、distillery (蒸留酒製造所)、sugar cane (サトウキビ)、sherry (シェリー酒)、grape must (ぶどう果汁)
酵母の分離源(The Yeasts 第四版より)

 これをみると、分離源はワイン、ビール、それらの製造に関係するものや場所が多いようですね。ジンジャーエールとサトウキビは糖分が多く含まれていることで共通してそうです。ショウジョウバエは果物に集まってくることが多い昆虫ですね。ワインやビールは原料は異なりますが、ワインはブドウの搾汁から、ビールは大麦デンプンの糖化物からつくられるので、どちらも植物と関係しています。洞窟の土壌を除けば、酵母は植物と深い関係にありそうです。

 確かに酵母は植物と深い関係があるようです。少し古い例ですが、コナラ属やマツ属の樹皮や、それらの樹木が生えている周囲の土壌*3、分解された葉*4などからS. cerevisiaeの分離が報告されています。比較的最近、といっても2002年のことですが、Sniegowskiら*5は、アメリカのペンシルバニア州の森林に生えているコナラ属樹木Quercus albaQ. velutinaQ. rubraの樹皮と樹液、これらの樹木が生えている土壌からS. cerevsiaeを分離しています。しかし、酵母の分離源となっている樹皮、樹液、分解された葉、土壌で酵母が増殖しているという直接な証拠は、実はまだありません*6

Direct evidence that Saccharomyces actually grows on the substrates where it is found is lacking(後略)
文献6より引用

つまり、これらのものから分離はされるものの、そこでの暮らし方はまだ分かっていないのです。従って、これらが酵母の真の棲家かどうかもわかりません。

 最近、花から分離した酵母で造ったお酒が注目されています。花はもちろん植物の一部で、糖分を含む蜜を出す花の場合、酵母がいたとしても不思議ではないでしょう。私たちも、草本・木本を問わず様々な花からの酵母の分離を試みています・・・が、まだ一度として成功していません。蜂蜜の原料になる蜜の多い、リンゴ、サクラ、ニセアカシアやフジの花を使ってもです。「酵母」はとれるのですが、酵母といっても酒造りやパン造りに役立つS. cerevisiaeではなくて、使えないCandidaPichiaなどです。腐敗したトマトからは酵母の分離に成功していますので分離の手法には問題はないようです。こうしてみると、花から酵母が分離できるとしても偶然なのかもしれませんね。

文意不明の部分を一部修正(11/7/18)

*1:大隅良典・下田親(編), 酵母のすべて-系統,細胞から分子まで, スプリンガー・ジャパン, 東京(2007)

*2:Vaughan-Martini, A. & Martini, A. (1998). Saccharomyces Meyen ex Reess. In The Yeasts (Fourth Edition), pp. 358-371. Edited by P. K. Cletus and W. F. Jack. Amsterdam: Elsevier.

*3:Yoneyama, M. (1957) Studies on natural habitats of yeasts―bark- inhabiting yeasts. J. Sci. Hiroshima Univ. Ser. B Div. 2, 19–38

*4:Banno, I. and Mikata, K. (1981) Ascomycetous yeasts isolated from forest materials in Japan. IFO Res. Comm. 10, 10–19

*5:Sniegowski, P. D., Dombrowski, P. G. & Fingerman, E. (2002). Saccharomyces cerevisiae and Saccharomyces paradoxus coexist in a natural woodland site in North America and display different levels of reproductive isolation from European conspecifics. FEMS Yeast Research 1, 299-306.

*6:Replansky, T., Koufopanou, V., Greig, D. & Bell, G. (2008). Saccharomyces sensu stricto as a model system for evolution and ecology. Trends Ecol Evol 23, 494-501.